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04
2012

栃木遠征~その弐 鑁阿寺(読める?)







足利学校を出て大日宛へ向かいます。
栃木ぶらり20
[足利尊氏像]
明治時代の正閏論争の顛末、地元はどんな反応だったんでしょうか。


栃木ぶらり21
大日宛鑁阿寺(ばんなじ)
・12世紀後半 足利氏祖 源義康が居を構える。当然、武家屋敷ね。
   源義康
   義家の孫。保元の乱では活躍するものの、若くして病死。
   この義康が生きていたら平治の乱は違った展開になったかどうか。
・1196 2代足利義兼が邸内に持仏堂を建立。これ以降、足利氏の氏寺に。
   この義兼の戒名が鑁阿です。
・南北朝時代は鶴岡八幡宮の支配下に置かれます。
   源>足利 当然?
・1922 国の史跡に
・1951 真言宗豊山派から大日派に独立。


栃木ぶらり23
本堂――国の重文
鎌倉時代の建物


栃木ぶらり24
こういう鐘鳴らすって、テク必要ね(笑)。
珍しく、じっくりといろいろとお願いしてきた。


栃木ぶらり25
多宝塔――こちらは県の重文


栃木ぶらり26
大銀杏――天然記念物指定
この樹を「大日さま」と呼ぶそうです。


栃木ぶらり27
不動堂

栃木ぶらり28
経堂――国の重文


栃木ぶらり29
邸内から山門を。この山門は県の重文


栃木ぶらり30
太鼓橋。
寺院ですが、堀と土塁に武家屋敷の面影を残し、日本100名城に数えられます。
パンフが見当たらなかったので、帰路立ち寄った太平記館で案内図調達した。


さて、足利駅に戻ります。


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