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2020

2020秋 戦国を歩く 7.野田城








野田城01
[野田城]
愛知県新城市 (標高50メートル / 比高20メートル)

1508年(永正7年) 菅沼定則による築城。 菅沼定則は田峯菅沼氏から設楽富永氏に養子で入り、野田菅沼氏初代。
1561年(永禄4年) 桶狭間の戦い後、今川氏を離反した3代定盈だが今川勢に攻められ開城退去。
1562年(永禄5年) 夜襲で奪回したものの損壊激しく、野田城は大修築。定盈は大野田城を本拠に。
1571年(元亀2年) 武田氏の遠江・三河侵攻で大野田城は陥落。定盈は修築中の野田城に移転。
1573年(元亀4年) 野田城の戦い。一ヶ月籠城後武田軍に開城降伏。定盈は捕虜となるが、人質交換で解放。
1590年(天正18年) 徳川家康が関東移封に伴い、定盈は上野阿保1万石。
              吉田城に入った池田輝政の代官が新城を利用した為、野田城は破却廃城。

野田城02
門を移築した法性寺
伝説となった武田信玄狙撃現場はここ。

訪れた時間は地元の皆様が道掃除していらっしゃって、僅か5分駆け足での登城。
"薮の中の城"と称された、こじんまりとした城郭ですが、内部はしっかり整備されていて空堀、土橋なんかは十分に確認できた。

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