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08
2020

2020 夏の北関東歴史旅 12.喜連川陣屋+倉ヶ崎城








喜連川陣屋
[喜連川陣屋 + 倉ヶ崎城]
文治2年(1186年) 塩谷五郎惟広によって築かれたと云われる。
             塩谷惟広は源平合戦で大功を立て、当地を拝領した。
以降、17代400年余りに渡って、塩谷氏の本拠となった。
天正18年(1590年) 小田原征伐の際、17代・塩谷惟久は小田原へ参陣しなかった為に改易された。 
小田原征伐後、名門・足利氏の断絶を惜しんだ豊臣秀吉は、古河公方家・足利氏姫を小弓公方家・頼純の子である足利国朝に娶わせ喜連川3500石を与えた。
国朝の弟頼氏が二代城主となり倉ヶ崎城の麓に陣屋を建てた。
更に関ヶ原の戦い後、徳川家康から1000石を加増されている。
4,500石ながら、名門として10万石級の待遇を受け、移封することなく明治維新を迎えた。
館は明治9年に焼失、現在の大手門は平成3年(1991年)に復元されたもの。

倉ヶ崎城へは復元大手門奥のお丸山公園入口から。
完全に公園化されてますけれど、三郭と二郭の間の空堀は見事に残ってます。
公園シンボルのスカイタワーは東日本大震災から閉鎖状態で、改修計画すら未定との事。
最初、タワーの駐車場へ行ったら廃墟感が凄くてヤバかった。



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