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06
2019

2019 上越越中歴史旅 ~ 2.越中宮崎城








本日予約投稿。
千葉戦は明日アップ

越中宮崎城01 越中宮崎城02
親不知ICを降りて海沿いの下道を走り、登ってやって来たのが越中宮崎城。
雨で湿っていて、駐車場から本丸まで道はツルツル。

[越中宮崎城](標高249m比高209m)
寿永2年(1183年)北上してきた木曾義仲が越中国に侵攻。
この際、城主宮崎太郎長康と共に、以仁王の皇子北陸宮をこの城に迎え入れ、御所を作り侵攻の足がかりとしたと云われる。

越後との国境にある故重要視され、上杉氏の越中侵攻中継点として椎名氏・上杉氏家臣柿崎景家らが守将として在城。
天正10年、織田氏の越中侵攻により魚津城・松倉城が陥落すると宮崎城は佐々成政の支配下になる。 
天正12年に上杉景勝によって攻められ落城するも、再び佐々成政が奪還。
成政没落後は前田氏の家臣高畠織部が在城したが、後に廃城となった。

越中宮崎城03 越中宮崎城04
眼下を北陸浜往還、難所の親不知子不知まで一望可能な正に国境の城。 

第二次大戦中、陸軍の電波技術研究所を設けたため、土橋が作られ石垣が築かれた。 
これが古い遺構と違和感が無い。

越中宮崎城07

越中宮崎城06
越中宮崎城05
晴れていれば絶景なんだな。

 

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