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03
2018

1987 ある闘いの真実









1987、ある闘いの真実
1987年1月、チョン・ドゥファン大統領率いる軍事政権下の韓国で、北分子を目の敵にする南営洞警察のパク所長(キム・ユンソク)が指揮する取り調べは日毎に激化していた。
あるとき、ソウル大学の学生が度を越した取り調べ中に死亡するが、警察は真実を隠すため即座に火葬を申請。
異変に気づいたチェ検事(ハ・ジョンウ)は解剖を命じる。




1987年1月、運動幹部である先輩学生について連行取調べを受けていた、ソウル大学の朴鍾哲(パク・ジョンチョル)が、水責め拷問で死亡する。
隠蔽を図る警察は虚偽の死因を「心臓麻痺」と医師に言い含めさせる。
更に証拠隠滅のため、家族に知らせず火葬しようとするが、ソウル地検のチェ検事がこれに待ったを掛けた。
地検のリークによってマスコミも動き出し、抑えられなくなった警察。
最終的に大統領府の指示で警官2名の逮捕で事を収めようとするのだが・・・・




春先、大ヒットした『タクシー運転手 約束は海を超えて』が描いたのは1980年の光州事件。
それから7年後、ソウルオリンピックを翌年に控えた韓国で起きた陰惨な事件の映像化。
全斗煥軍事独裁政権は「北の脅威」を求心力にする政治色を強めていた。
それを象徴する言葉が ―― "分断暴力" ―― 分断危機を理由に正当化された抑圧と暴力。
思想犯への拷問はその最たる例。
当時、多くの市民が連行の上、思想犯とされ、「アカ」の罪状を着せられ、拷問で自白を強いられた。
その最前線である南営洞警察「対共分室」の密室で発生したのが朴鍾哲事件。
この事件が闇に葬られることはなかったのは、現場にいた医師を始め、1人の検事が、1人の法医学者が、1人の刑務所看守が、民主化運動家以外の市井の人々が己の仕事の矜持と、人としての信念、正義を貫いた結果。
クライマックスは涙腺が緩んだ。
これが31年前の事、韓国の民主主義はこれから・・・・・・・・そういう事。


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