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2018

2018 秋の歴史旅 4 ~ 小田城








小田城01
[ 小田城 ]
1192年(建久3年) 常陸国守護に任命された小田氏の祖・八田知家による築城と云われる

八田知家は宇都宮宗綱(八田宗綱)の四男。
保元の乱で源義朝に就き、頼朝挙兵時も最初から参加した古参で、頼家将軍就任時には、鎌倉幕府の十三人の合議制の一人に選ばれた重鎮。

南北朝期に入ると、当主・小田治久は南朝方に属し、小田城は常陸南部における南朝方の拠点となり、北畠親房も入城したと伝わる。
戦国期に入ると常陸国内だけで佐竹氏、多賀谷氏、真壁氏と強豪に囲まれた上、越後から上杉、相模から北条の列強がやってくる。
当主小田氏治は終始苦戦を強いられ、優秀な家臣菅谷氏に支えられ落城の度に奪還するものの、1573年に失うと挽回する力は無かった。
小田城02
戦国期に拡張したものの単郭式の平城だけに大した防御力は無かったと思う。
小田城03 小田城04
雰囲気は安田城(富山県)
小田城05 小田城06
1602年 佐竹氏移封に伴い廃城
小田城07 小田城08
小田氏治は戦国最弱部将としてNHK歴史ヒストリアで紹介され、放送直後は観光客半端なかったそうで(笑)。




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