FC2ブログ
16
2018

2018 夏の歴史旅 13 ~ 西高木陣屋








[ 西高木陣屋 ] (国史跡)
西高木陣屋01
関ヶ原からカーナビに従って下って来た街道沿い、上石津郷土資料館案内を右折した、突然に石垣群が現れた。

西高木陣屋02
元々あった多羅城の石垣を利用したと思われる完全に城郭様式の石垣

西高木陣屋03
1852年再建の表門。
西高木陣屋04 西高木陣屋05
西美濃に土着した高木家は斎藤道三、織田信長、織田信雄に仕えたが、信雄が改易された際、当主高木貞利は甲斐に蟄居。
代わりに入った関一政が多羅城を築いた。
関ケ原後、関一政は伊勢国亀山に移封、高木貞利が復帰した。
この際、高木家は高木貞利の西高木家(2,300石)、高木貞友の東高木家(1,000石)、高木貞俊の北高木家(1,000石)と分れた。
この3家を交代寄合美濃衆として大名格で3家隔年交代で参勤交代を行った上、木曽・長良・揖斐の三大河川地域における幕府の「川通御用」を務めた・・・・・・これって利権?






にほんブログ村 サッカーブログ ヴァンフォーレ甲府へ    人気ブログランキングへ


関連記事
スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment