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25
2017

北へ北へ 10 / 会津の玄関 猪苗代城








猪苗代城01
鎌倉時代初期  三浦氏の一族佐原経連による築城とされる。
佐原氏は蘆名氏と同族、後に猪苗代氏を称した。
猪苗代城02 猪苗代城03
蘆名氏の黒川城を攻略する障壁がこの猪苗代城。
1589年の「摺上原の戦い」では、その直前に当主盛胤が蘆名義広に伺候している間に、不仲だった先代盛国が猪苗代城を乗っ取り伊達氏に内通した。
伊達政宗が猪苗代城に入り、摺上原で蘆名義広を破り会津制圧に成功する。
猪苗代城04 猪苗代城05
小田原合戦後の奥州仕置によって会津は蒲生氏郷の領地となり、400年当地を支配した猪苗代氏は伊達氏に従い退去。

江戸時代に入って、猪苗代城は一国一城令の例外として会津藩の支城として、各大名の城代が置かれた。
猪苗代城06 猪苗代城07
比高30メートルの平山城
本丸・二の郭・帯郭・石垣・土塁・空堀はかなり良好に保存されてる。
大手口の巨大な枡形虎口は蒲生氏時代の造営とされる。

戊辰戦争時、城代が撤退する際に放火。
ちょっと悔やまれるなぁ。
猪苗代城08 猪苗代城09 猪苗代城10
北側の大堀切の向こうの丘陵が鶴峰城・・・・・ですよね。




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