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24
2017

下野国 ・ 壬生城







[壬生城]
壬生01
文明年間(1469年~1487年) 壬生綱重による築城とされ、以降、壬生氏4代の居城となるが壬生義雄の代で本拠は鹿沼城となり、壬生城は支城に。
1590年 小田原征伐で壬生義雄は義弟・皆川広照とともに北条方に付き、小田原城内で病没。嗣子無く断絶。

壬生02 壬生03
壬生藩
1590年 結城秀康  結城11万1千石  壬生城は支城
1600年   〃     ⇒ 越前北庄68万石
1600年 日根野吉明  信濃高島 ⇒1万900石
1634年   〃      ⇒ 豊後府内2万石
1634年 阿部忠秋  旗本6千石 ⇒2万5千石
1639年   〃      ⇒武蔵忍
1639年 三浦正次  下総矢作1万石 ⇒ 2万石
1692年 三浦明敬   ⇒日向延岡2万5千石
1692年 大河内松平輝貞  摂津河内3万2千石 ⇒3万2千石 のち4万2千石 
1695年    〃        ⇒上野高崎5万2千石
1695年 加藤明英  近江水口2万5千石 ⇒ 2万5千石
1712年 加藤嘉矩  ⇒近江水口2万5千石
1712年 鳥居忠英  近江水口2万5千石 ⇒ 3万石
  以降8代で維新へ。

藩主は幕閣有力者が名を連ねる。
こういう小藩は経営が大変なのはお約束。
貧乏故の殖産興業で干瓢栽培が奨励されたかと。
壬生04 壬生05
かつての本丸は約140m四方の方形で、南と北に虎口が設けられていた。 
現在は、本丸南側の土塁と空堀が残り、二の丸虎口跡に復元門が建てられているのみ。
一部が城址公園。


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