12
2017

たかが世界の終わり

CATEGORY映画-欧州







たかが世界の終わり
劇作家として成功したルイ(ギャスパー・ウリエル)は、家族に自分の死が近いことを伝えるために12年ぶりに里帰りする。
母マルティーヌ(ナタリー・バイ)は息子の好物をテーブルに並べ、幼少期に会ったきりの妹シュザンヌ(レア・セドゥ)もソワソワして待っていた。
さらに兄アントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)とその妻カトリーヌ(マリオン・コティヤール)も同席していて……。



劇作家として成功したルイの12年振りの帰郷 ――― 自分の死が間近であることを家族に告げるため。
ルイの足どりは重かった。

それとは対照的に浮かれるのは母親と妹。
12年ぶりにルイが家族の元に帰ってくる。
ただ兄のアントワーだけは疎ましい空気を隠せないでいた。


帰ってきたルイ。
高揚感を隠さない母親と妹。そしてアントワーヌの妻との会話は殆どが一方通行で、ルイは告白のタイミングが掴めない。
苛立つ兄アントワーヌとは諍い、結局ルイは再び家族の元を去ることにする。



逃れたくても逃れられない最小限のユニットが家族。
過去の或る出来事で一度は壊れた家族。
帰郷を歓迎している母親と妹のそれは本心なのは間違いない。
だけどどこか取り繕っている向きがあるのも事実。
簡単に事情を打ち明ける雰囲気には程遠いのは、レイも解っていた筈。

“外”に出られなかった、或いは何かしらの夢だったり、想いを封印せざる得なかった兄アントワーヌのやり場のない怒り、嫉妬に近い感情は、経験者ならば共感出来ると思う。
仕事柄と云うか、聡明で機微に長けたルイにはそれが解っているから反論もない。
ただ受け止めるのは兄だけではなく他の家族に対しても。
そこには当然贖罪的な感情が存在してるんだろうと。
その先にはどこか縋りたい期待感があって・・・・あとは諦念かな。

マイノリティーを自覚していたルイが故郷を出ざる得ない事情を家族全員が知っていたかどうかは解らない。
全ては時間が過去を洗い流してくれるというお題目が理想論に過ぎなくて、実際は溜まりに溜まった鬱積の吐露になっちゃって、浄化なんて綺麗事有る訳が無い。
奇才天才グザヴィエ・ドランは、家族のことを「まるで傷跡」と表現する。
これに共感/絶賛する人間が多いのは良い事なのか悪い事なのか。


「トム・アット・ザ・ファーム」に通じる当作。
グザヴィエ・ドランの作る物語はどれもスタイリッシュに見えるけれど、いつも残酷。
創り出す作品こそ「まるで傷跡」だと思う。


 

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