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category: 旅行記~2018秋の歴史旅  1/2

2018 秋の歴史旅 12 ~ 亥鼻城

[亥鼻城]1126年、大維常重による築城とされるが諸説ありあり。この大維常重の子が、源頼朝の側近となる千葉常胤。文献では1516年に落城&廃城となっているけれど、室町中期に本佐倉城が本拠となっていて、亥鼻城はそれ程重視されてなかった。1968年、模擬天守風の郷土博物館完成。充実感半端ないっす。城に向かって弓を番える銅像(笑) 北斗の拳とのコラボ6年間千葉市民だったので、色々思い出す光景。    ...

2018 秋の歴史旅 11 ~ 大多喜城

 久留里城から再び房総の山間を走って大多喜城へ。この複雑な地形が里見の上総制圧を阻害したのは間違いないですね。観光物産センター駐車場から二の丸公園を経ての登城。[大多喜城]1521年 真里谷信清による築城で、一族の真里谷朝信が在城1544年 真里谷朝信は里見家重臣正木時茂に討たれ、正木氏が入城1581年 城主正木憲時は謀反疑われ粛清。里見家から城代が送られる1590年 小田原征伐で上総は没収され徳川...

2018 秋の歴史旅 10 ~ 久留里城

館山から80分弱のドライブで久留里へ。上総内陸部が予想以上に山間地で少し驚いた。[久留里城] 室町中期、真里谷武田氏が真里谷城の支城として築城したとされる。1535年 真里谷氏を駆逐した里見義堯はこの地を本拠すべく大改修。1578年 家督争いを制した里見義頼の岡本城が本城となり、久留里城は支城に。1590年 小田原征伐で上総は没収、久留里城は徳川家康に接収。現天守は1979年、浜松城模擬天守をモデルに...

2018 秋の歴史旅 9 ~ 館山城

[館山城]1580年 里見義頼による築城で完成後は城代が入った。1588年 里見義康が岡本城より本拠移す。1614年 里見忠義改易(大久保忠隣改易連座)、倉吉(名目3万石)配流となり廃城。現模擬天守は1982年、丸岡城を模して建造。八房像大河ドラマ絶賛誘致中だけど、どうしても里見八犬伝のイメージ強すぎてNHK土曜9時枠しか思いつかない。すっごく気持ちいい景色。倉吉で里見忠義に殉死した藩士8名の供養塔で、里...

2018 秋の歴史旅 8 ~本佐倉城

関宿城から本佐倉城へは社会人新人時代に散々利用した16号線1択で、これが当然の大渋滞。予定時間を大幅にオーバーした挙句、17時で閉館するスタンプ設置場所の中央公民館探すのに手間取って時間ロス。因みに単独の建物かと思った公民館は酒々井役場庁舎の中に有って、パンフレット関係は実に充実していた。更に城までの道路が最悪。カーナビが最初に示したルートはエクストレイルでは到底無理な車幅で、次のルートも削り出し...

2018 秋の歴史旅 7 ~ 関宿城

[関宿城]築城年代は確定されていないが、鎌倉公方家臣簗田氏による築城。戦国期は古河公方側近として後北条氏に対抗したが叶わず、1574年の第三次関宿合戦で大敗、以降没落した。関宿藩 関東移封時より最重要拠点とされ、歴代藩主は幕閣中枢を歴任した。すなわち貧乏。1590年 久松松平康元  上之郷 → 2万石 のち4万石    家康異父弟1616年 久松松平忠良        → 美濃大垣5万石1617年 能...

2018 秋の歴史旅 6 ~ 逆井城

[ 逆井城 ]享徳年間(1452年〜1454年)、逆井常宗の築城とされる。―― 逆井常宗は"小山義政の乱"で知られる小山義政の五男。天文5年(1536年) 古河公方方の逆井常繁は後北条の大道寺駿河守と筑波で合戦し、討死したと云われるが諸説有り。遅くとも天正初期には後北条氏の属城となり、北条氏繁が城主となって城を改修。氏繁没後は氏舜、天正8年以降は氏勝が城代となる。天正18年(1590年)の小田原征伐で廃城となった。平成元年...

2018 秋の歴史旅 5 ~平将門像

坂東市市民音楽ホール前に鎮座する平将門像部将と云うよりは文官イメージ國王神社行くの忘れた・・・ ○| ̄|_    ...

2018 秋の歴史旅 4 ~ 小田城

[ 小田城 ]1192年(建久3年) 常陸国守護に任命された小田氏の祖・八田知家による築城と云われる八田知家は宇都宮宗綱(八田宗綱)の四男。 保元の乱で源義朝に就き、頼朝挙兵時も最初から参加した古参で、頼家将軍就任時には、鎌倉幕府の十三人の合議制の一人に選ばれた重鎮。南北朝期に入ると、当主・小田治久は南朝方に属し、小田城は常陸南部における南朝方の拠点となり、北畠親房も入城したと伝わる。戦国期に入ると常陸国...

2018 秋の歴史旅 3 ~ 鷲子山神社

[ 鷲子山神社 ]栃木県と茨城県の県境に位置する鷲子山神社は通称"フクロウ神社"創建は大同2年(807年)で、この時既に下野国と常陸国の境だったと云う。 恰好のインスタ映え地とあって、若い観光客が多かった。茨城県側から登るのが無難。    ...