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category: 甲斐国  1/1

甲斐国 ・ 白山城 / 武田八幡宮

[白山城]山梨県韮崎市 (標高567m /比高120m) 源清光次男の武田信義が分封されて構えた居館の詰城として築いたとされる。このまま子孫が土着し、代々の武川衆(青木氏・八代氏・山寺氏他)の居城となった。天正壬午の乱の後も徳川家康に臣従した青木氏・山寺氏が城番に。江戸時代に廃城。[武田八幡宮]822年(弘仁13年) 宇佐神宮または石清水八幡宮から勧請し、地名から武田八幡宮と称したのが草創とされる。1140年(...

甲斐 ・ 獅子吼城

[獅子吼城]山梨県北杜市 (標高788m/比高120m)築城年代は不明元応2年(1320年) 信田父子郎党が当地にて討死 (麓の見性寺寺記)応永年間(1394年~1428年) 武田信満の三男江草兵庫助信泰が居城 (麓の見性寺位牌)永正6年(1509年) 小尾弥十郎が江草城(獅子吼城)を調略乗取り (「高白斎記」)享禄5年(1532年) 獅子吼城に籠っていた今井信元が降伏した事で武田信虎は甲斐を統一     ...

2019 春のプチ歴史旅 ~ 甲府城

 [ 甲府城 ]諸説あるが天正19年(1591年) 加藤光泰が甲府城築城に着手したのが始まりとされる。元々、当地には甲斐一条氏の菩提寺が有ったと云われる。1590年  加藤光泰  佐和山2万石 → 24万石1594年  加藤貞泰            → 美濃黒野4万石1594年  浅野長政  若狭小浜8万石 → 21万5千石1600年  浅野幸長             → 紀伊和歌山37万石1603年...

2019 春のプチ歴史旅 ~ 躑躅ヶ崎館

[躑躅ヶ崎館] (100名城-24番)永正16年(1519年) 武田信虎による築城で、石和川田館から移転。信虎は将軍足利義晴と交流し、躑躅ヶ崎館も花の御所を模した方形居館とした。天正9年(1581年)に武田勝頼が新府城を築いて居城を移すまで武田3代60年余り甲斐の中心となった。天正壬午の乱の後、徳川家康の所領となると拡張工事で天守を造営したものの、1590年、平岩親吉が甲府城築城に伴い廃城。 20年振りの...

2019 春のプチ歴史旅 ~ 要害山城

[要害山城] (続100名城-128番)永正17年(1520年) 武田信虎による築城。 前年、石和/川田館から躑躅ヶ崎館に居城を移しており、要害山城は詰城目的とされる。天正3年(1575年)長篠合戦で大敗した武田勝頼は、翌年要害山城の大改修を開始したものの、後に方針転換して新府城を築いた。武田氏滅亡後も改修維持されたが、慶長5年(1600年)に廃城。       本丸まで30分弱、思ってた程険しくなかった。道すがら現存し...

甲斐国 ・ 岩殿山城

諸事情で本日は予約投稿でござるよ。岐阜戦レポートは、にほんブログ村/サッカー/甲府、にほんブログ村/サッカー/岐阜 それぞれご覧あれ。伊豆長浜城から北上する事90分。やって来たのは小山田信茂の居城・岩殿山城。昨年の土砂崩れの影響で市民会館駐車場利用。 この案内所?までは楽勝なんですよ。こ・こ・ま・で・は !ここに来るまでがキツかった。写真撮ってる余裕ない。登山レベルの道に加えて、気温35℃ですよ。[ 岩殿山...

甲斐国 ・ 谷戸城

新府城から西上して谷戸城へ。北杜市考古博物館に駐車、パンフレットも同博物館内で100円で購入。  土塁の内側に空堀[谷戸城]平安後期、常陸から配流された源義清・清光親子による築城、甲斐源氏発祥の地とされる(諸説あり)。この地が逸見山だったことから逸見氏を名乗り、武田氏の先祖とされる。戦国期は武田信濃侵攻の拠点だった筈。現在確認されている縄張りは「天正壬午の乱」の際、北条氏によって改修されたモノと考えら...

甲斐国 ・ 新府城

[新府城]  (続100名城-127番)1575年 長篠の戦大敗後、領国支配強化の一環として穴山梅雪の提言を受けての築城1582年 織田軍の甲斐侵攻に伴い、僅か数カ月で未完のまま焼失。            ポイントは大手門と乾門の枡形虎口周辺乾門先の階段下ると七里岩行けたのかな?雨上がりに行ったもんだから、西出構・東出構あたりでびしょ濡れ。スタンプは車で5分の民俗資料館で頂いた。      ...