category: 上野国  1/2

上野国 ・ 根小屋城

本日予約投稿です。愛媛戦は気力が有ったら明日アップします。 根小屋城上野を攻略した武田信玄によって、永禄11年(1568年)~同13年(1570年)に築城。茶臼山城と山名城の中間で、北方に張り出している事から、見晴台及び狼煙台として使用されたとされる。 昔の峠道なんてこんな感じだったかと。 付け城の割に土塁、堅堀はしっかり整備。 ここには佐久望月城から望月甚八郎、および伴野助十郎、仁科加賀守信盛が守将として入...

上野国 ・ 山名城

 上野三碑/山上碑駐車場は大混雑。その山上碑+古墳脇山道へ。 応永2年(1395年)、当時尹良親王の拠っていた寺尾城(寺尾中城)の東南城塁として、山名氏によって築かれた。新田義重の子義範を祖とする山名氏は8代にわたってここを居城としたという。時氏の時、足利尊氏に従って諸国を転戦、子氏清の時「六分の一殿」と呼ばれるまで飛躍することになる。戦国時代は土豪木部氏の居城。1563年に武田信玄に攻略された以降は...

上野国 ・ 茶臼山城

 諸事情で寺尾中城攻略を断念して、やって来たのは寺尾茶臼山城。団地入り口の突き当りに2台分の専用駐車場が有りました。 寺尾茶臼山城 標高170メートル比高90メートル築城年代は不明。応永4年(1397年)に尹良親王が寺尾城に籠もった際の砦という伝承。室町時代中期の正長年間に和田小太郎が再築したと云われる。また鎌倉時代は新田義重の居城。南北朝時代には新田義貞の弟、脇屋義助が居城とした説も有る。1568...

上野国 ・ 白井城

早朝、佐久を出立して渋川市へ。白井城永享年間(1429年~1441年) 山内上杉氏被官の白井長尾景仲による築城とされる。以降、戦国時代は基本的に白井長尾(上杉)家の居城に。小田原征伐で開城、当主長尾政景はこの後、上杉家家臣に。 白井藩1590年 本多康重  2万石1601年     〃    ⇒ 岡崎5万石1601年 戸田松平康長  武蔵東方1万石 ⇒ 2万石1602年     〃    ⇒下総古河2万石160...

上野三碑

高崎駅コンコースにレプリカが展示されていて気になっていた上野三碑に先々週行ってきた。飛鳥時代から奈良時代に建てられた? 彫られた? 刻まれた? 3基の石碑の事で、日本に現存する18基の内、最古の石碑群。元々、国の特別史跡に指定されていたけれど、2017年にユネスコ世界の記憶に登録されて、高崎市も気合い入れておる。 金井沢碑726年 三家氏が祖先の供養、一族繁栄を願って造立。江戸時代に発掘され、地元農民が洗濯板...

上野国・小泉城

熱帯魚通販のチャーム本店に立ち寄ったついでに立ち寄ったのが小泉城。[小泉城]1489年 富岡直光による築城。 直光は結城久朝の子で、足利成氏が古河公方になった際、邑楽郡に所領を得て館を構えた。 当初は関東管領・山内上杉氏と対峙したものの、のちに関東出兵を繰り返す上杉政虎(謙信)の支配下に。武田信玄が西上野を制圧すると、北条氏に従い武田氏と対峙した。武田滅亡後は織田配下で・・・富岡某「京都(本能寺)で何か...

上野国 ・ 上泉城と膳城

[ 上泉城 ]一色氏から出た上泉義秀が応仁の乱期に築城「剣聖」と謳われた上泉伊勢守秀綱(後の上泉武蔵守信綱)の居城。 銅像・案内板のある自治会館が二の丸部分[ 膳城 ]築城時期は15世紀中頃、上泉城と同時期らしい文明12年 佐野昌綱により落城するも、城主の善三河守は横瀬業繁の援助で帰城、以後由良氏(横瀬氏)傘下。戦国期は上野国人領主の宿命で上杉、北条、更に武田間を往ったり来たりしていたが天正8年(158...

上野国 ・ 平井城

[ 平井城 ] 永享10年(1438年) 関東管領山内上杉・5代憲実が、総社城主長尾忠房に命じて密かに築城させた。享徳3年(1454年) 鎌倉公方足利成氏が関東管領6代上杉憲忠を暗殺。             上杉房顕は平井城へ移り、以後関東管領山内上杉氏の本城となる。天文21年(1552年) 北条氏康に攻められ 28代上杉憲政は平井城を捨てて越後・長尾景虎(上杉謙信)を頼って落ち延びた。永禄3年(1560年...

上野国・太平記ワールドな反町館・江田館・新田館

金山城から下り、新田荘遺跡に含まれる旧城跡3つを回った。黄昏時なんで気が逸る(´-∀-`;)因みに新田荘遺跡は、上野国新田郡(群馬県太田市)にあった荘園新田荘に関わる遺跡。中世武士団新田氏一族の根源地で、長楽寺文書、正木文書によって文献史料の裏付けを可能とする東国の中世荘園としてのレアケース。平成12年に、新田氏遺構群の内11箇所が国の史跡に指定された。  反町館跡1330年前後に新田義貞によって築かれた...

上野国・関東山城の定説覆した金山城

 すれ違いに難儀する県道金山城址線の突き当りの駐車場に車を停めて、石段登るとそこが西城。ここから本城へ。  1469年 新田氏傍流岩松家純は京兆家と礼部家の二系統に分裂していた岩松氏を統合       重臣横瀬国繁に命じ金山城を築城。1528年 享禄の変で 横瀬泰繁・成繁父子が下剋上で岩松氏から実権を奪い、金山城主に。       横瀬から由良と改姓、最盛期には東上野を手中にして、武田・上杉・北条...